マリアナ諸島でイエズス会の神父らが伝教をはじめてから、神父らは島の人々の伝統的な慣わしにも干渉するようになり、島の人々はこれに対して反発し、とうとう1670年1月に、サイパン島で伝道師が惨殺される事件が起きたのです。
その後、最初に上陸したサンヴィトレス神父もグアム島で殺されたのです。
事件が続いたため、スペインから軍隊が島に派遣されて、多くの島民が殺されました。
そのときに、チョモロ族の人も多く殺されて、最終的にはチョモロ人の人口が30分の1にまで減少したのです。
その後、1988年にアメリカとスペインが戦争を勃発し、北マリアナ諸島はドイツ領となり、テニアン島の支配権もドイツがもつようになりました。
さらに、第一世界大戦で北マリアナ諸島の支配権が日本に移り、多くの日本人が入植しましたが、その後、テニアンの戦いなどが繰り広げられ、最終的にテニアン島は北マリアナ諸島とともに、アメリカ領になり、現在にいたっています。
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アメリカ領になった由来は
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